住友電工ハードメタルはヘッド交換式ドリルSEC-マルチドリル SMD型に軟鋼・ステンレス鋼加工に最適なMSL型を新たにラインアップ。現在でも様々な用途で使用され、工具メーカー各社が新製品開発に鎬を削るドリルであるが、このコラムでは、住友電工が、世界で初めて超硬ソリッドドリルの製品化に成功したエピソードについて紹介する。
80年以上にわたる歴史の中でも超硬ドリルの開発と市場投入は、製造加工現場に劇的な進化をもたらしたエポックメイキングな出来事だった。従来、穴あけ加工、すなわちドリルの分野は、強度確保などの面から超硬化が困難とされていた。その壁に果敢に挑んだのが、当時の住友電気工業粉末合金事業部開発部の森良克だった。1982年のことである。
「超硬ドリルの開発は鋳物など、比較的穴のあけやすい材料から始まり、1970年代後半には鋼を加工できる超硬ドリルが普及し始めました。しかし、これらは工具の保持部やネジレ溝となる鋼シャンクに、切れ刃となる超硬合金をロウ付けしたもので、直径が12mm以上のものでした。しかし、ハイスドリルの使用状況を調査すると刃径10mm以下のものが圧倒的に多いことがわかりました。そこで、ドリル径の小さなものを開発し、それを大きな径に応用することを視野に入れて開発に着手しました」(森)

ドリルが他の切削工具と異なるのは、切削と同時に生成される切りくずを穴の底から排出する機能を併せ持つ必要がある点だ。これがドリルの超硬化を阻んでいた。製造加工現場でドリルに求められる最大の要素の一つが「折れない」ことだ。切りくずが排出されないとドリルが折れてしまう。切りくずをスムーズに排出するためには溝を広げなければならない。しかしその分、断面積が減るので強度が落ちる。すなわち、強度確保のためドリルの断面積を大きくし、狭くなった溝から、いかにして切りくずをスムーズに排出するか。最大の難問が立ちふさがった。
「着目したのは切りくず。切りくずが大きいとドリルの溝の中に詰まってしまいますが、短く細かく切断されていれば排出はスムーズになります。試作評価を繰り返し、ドリルの切れ刃の形状を円弧状にすることで、切りくずが短く細く切断されスムーズに排出されることを発見しました。これが超硬ドリル誕生に向けた最大のブレイクスルーとなりました」(森)
こうして2年を費やして生まれた「マルチドリル」は、1984 年に生産・販売を開始した。市場は絶賛、大手自動車メーカーを中心に採用が相次ぎ、需要は急速に拡大した。マルチドリルは従来のハイスドリルに比べ、4〜10倍の高能率加工を実現、製造加工現場に飛躍的な生産性向上をもたらした。ただドリルという切削工具は、使われる機械や条件設定、使用方法で本来有する性能を十分に発揮できないケースも発生する。課題解決に向け、ユーザー巡回、教育研修体制の整備、研修会などの啓蒙活動を実施、それらの取り組みが、マルチドリルの拡大普及に拍車をかけた。さらに重要なのが、サービスネットワークの構築だった。ドリルは、使用すると刃先が摩耗し削れなくなってしまう。再び使用するためには、刃先を元の状態に再研磨する必要がある。当然、新品同様の刃先品質が求められる。同時に安価なコストで、短い納期で対応することも要求される。それらに応えるため、全国各地の研磨加工会社と提携することで再研磨ネットワークという新たなモデルを構築した。併せて、再研磨設備開発、マシンメーカーへのプログラム提供も行っていった。

国内外の市場に投入されて以来約35年、マルチドリルは様々な進化を遂げ、生産性向上やコスト削減など製造現場の革新に大きな役割を果たしてきた。そして今、世界の製造現場は新たな進化のフェーズに入りつつある。
住友電工グループでも多彩な取り組みが推進されており、金属材料や無機材料分野の新材料創製、独自の超高圧技術や粉末冶金技術によるプロセス革新をミッションとしているが、材料研究のみならず、加工技術の研究にも取り組んでいる。
“住友のマルチドリル”は今後も進化を続け、世界各地の生産現場の革新を担い、次世代のものづくりを拓く一翼を担っていくことは間違いない。
Article by: Sumipol & MEGA Tech
Reference: https://www.sumipol.com/